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4/29 軽井沢日帰り遠征議事録(めちゃ長文)

さて、興味の無い方から見たら
「何言ってるんだこの人?きんもーっ☆」
と思われることほぼ確実な、4/29の遠征記録。

興味の無い方は「続き▽ 」リンクなんて押さずに、
とりあえずブラウザ閉じるか、とっとと他サイトに行かれたほうが
良いかと思います(--)
 
「あの大きなユリの花束は誰からだ?!」てな感じで
花束が微妙に話題になっていたらしいので、その注文風景から行きます。

(4/27)
元職場のスタッフさん(3月まで自分と同じ職場に居た)が今やっている
花屋さんに、お別れ会用の花束を注文。

「弔事のお別れ会用+相手は自分と同い年の♀+予算5000円程度」
とだけ伝えて、あとはお任せ。

予算を5000円にするか1万にするかでかなり悩んだのだけど、
とりあえず抑え目に頼んでみて、もしボリューム感が足りなかったら
その場で足してもらおう、と考えてました。

(4/28)
で、夕方に職場を抜け出して、花束を受け取りに行ったら・・・・


想像をはるかに上回るボリュームの花束が!!
大きなビニール袋に入れて、なんとか持ち帰れるサイズ。

「サービスしましたよー」って、サービスしすぎじゃあああ><
とは言え、正直有難かったです。
これだけインパクトがあれば、きっと故人の目も引くでしょう。

まだ仕事が残ってた&職場に花束を置きたくなかったので、
最寄り駅のコインロッカー(大サイズ)に花束を入れてから職場に戻り、
22時過ぎまで仕事をして、駅のコインロッカーから花束を取り出して帰宅。

(4/29)
軽井沢に向けて出発。
多分30年ぶりくらいのはず。

11:30前に軽井沢到着。
現地は結構寒い・・・つか雪残ってるし!


あ、でもここのスキー場って人工雪だよね?確か。

手書きメッセージをまだ書いてなかったので、
近くの喫茶店に寄って早い昼飯を食いつつメッセージ書き書き。
こういう時、字が汚いのは損だよねえ・・・。

12:00過ぎにプリンスホテル西館到着。
建物の端っこにある会場までてくてく歩き、会場に到着。

300畳くらいの広間だよ、って聞いてたんだけど、
いざ行ってみると結構大きいなー。
部屋はVTR放映エリアと献花エリアに分かれてました。

受付で記帳して、献花エリアへ。

デジカメを取り出したら、後ろに並んでた方が
「良かったら撮りますよ」と申し出てくれて、素直にお言葉に甘える事に。

で、デジカメを渡して献花台に行ったわけですが・・・

むちゃくちゃ緊張しました。
この時の自分の行動はこんな感じでした。

(1)とりあえず献花台の前に行ってお辞儀

(2)自分が書いたメッセージを入れた封筒と、
私にメッセージを託してくれた13名の方からのメッセージを
入れた封筒をそれぞれ取り出して、



 『この花束と、自分を含めた14名のファンからのメッセージを送ります。
 良かったら、読んでください』


(3)その後、封筒2つを花束に入れようとしたけどすんなり収まってくれず、
   数秒間微妙に焦る。

(4)なんとか収まりがつき、花束を献花台に置こうとしたら
今度は花束が大きすぎて上手く献花台に収まってくれず、
横で見守ってた関係者の方のサポートを受けるハメに。


こんな感じだったので、故人はきっと

 「ダメだこの人・・・まるで成長していない・・・」

と苦笑いしていたことでしょう(--;


その後はVTR放映エリアに移動し、VTRを見ながら、
14:00に行うと案内されていた「葉山拓亮による追悼演奏」が始まるまで待機。

VTRの内容は、過去のTV出演時の映像と、
PVをかき集めたものでした。

その後ろでD-LOOPのサウンドがスピーカーから流れていたわけですが、
VTR映像と音声が合わないような箇所については
映像側の歌詞表示箇所を白塗りし、違和感がないように調整されてました。

途中、いったん席を立って喫煙エリアに行ってみたら、
黒服を着た金髪の男の人が一服してました。

誰だろう?とは思っていたんだけど、その方があの葉山氏だと後で分かり、
「声かけた方がよかったかも!」と後で結構後悔しました。
こういう時に勇気を出せない自分バンザイ\(^o^)/

ま、ただの一ファンの自分がそれ(所謂「ファンと芸能人の壁超え」行為)を
やってしまうと、やっかむ人が絶対出てくるから、
挨拶を避けたのは正解だったかも知れないけどね。

待機時間中に思ったのは、来られた方全員が
非常に静粛に、行儀よくしていたこと。

誰も騒がないし、暴れたりもしない。
静かにお茶を飲みながら、VTRを眺めたり、花を納めたり。
グループで来ていた人達も、大声で話すことはせずに、
小声で、周りの迷惑にならないように話をしていた。

「混乱」なんてものとは無縁の世界でした。

当初、ファンの人達の感情を発散させる狙いで立てた
あのmixiイベントボードが、思わぬ形で諸連絡板のような使われ方に
なることが確定した時に自分が出したフレーズ・・・

 「できるだけ大勢で、静かに、そっと、見送らせていただきたい。
  それが、コミュニティ管理人としての思いです」

その思いが通じた!・・・気がしました。

今回の件について、個々の場(例えば個人のブログや日記とか)で
誰が何と言おうが叫ぼうが都市伝説を流そうが別に構わないんだけど、
こういうお別れ会の場が混乱することだけはどうしても避けたかった。

ここ6年あまり、誰かのファンコミュニティに対して積極的に
何かをしていなかった自分が今回あれだけ動いたのは、
ああいうトラブル(※すみませんが、便宜上「トラブル」と表現します)が
起きた時、管理者が動かないと、余計混乱を招く事を
過去の経験で知っていたから。

ああいう時にコミュニティを鎮められるのは、関係者や当事者や
友人を名乗るような人ではなく、コミュニティの管理者しか居ません。

あの場所が連絡ボード化する事になった時に、私は主催者サイドに
以下の強い要望を出していました。

 「確定情報だけ流すようにして欲しい。
 ”検討中です”とか”**するかも知れません”という類のフレーズは
 混乱の元なので、流さないでいただきたい」


と。

ただ、今回は「刑事事件が起きてない」だけ、まだ気楽でしたよ。
ヘマやらかしても、訴えられる心配がないからね~(--)

D-LOOPコミュニティは、比較的ネットリテラシーの高い参加者の方が
多かったので、その点も少し気楽ではありました。


・・・話がそれました。
この場でそんな思いを馳せているのはオレ1人しか居ないだろうなと
思いつつ、気づけば14:00に。

が、14:00を過ぎても追悼演奏が始まる様子が無く。
14:15になってもなしのつぶて。
15:23の新幹線で帰る事にしていたので、微妙に焦り始める。

14:20頃に「そろそろ始まるので献花台にお集まりください」と
アナウンスがあり、ゾロゾロと献花台に移動。

その後、14:30前に葉山氏登場。

葉山氏は、めちゃくちゃ緊張していたようで、最初の言葉がなかなか出ない。
ようやく出た言葉は、「この度は~」という類の挨拶文言ではなく、
「1997年、D-LOOPは・・・」

こういう所は、やっぱり普通の社会人ではなくて、芸能人なんだなあ・・・
と思いました。

追悼演奏は、1998年に脱退した山川信人氏も参加して、
向かって左側に葉山氏+ピアノ、右側に山川氏+アコースティックギター、
そして、真ん中にマイクを置き、スピーカーから大音量で歌声を流し、
MINAMI本人が真ん中で歌っていることを仮想した形で行われました。

実は私自身はこの日の企画内容は事前に知らされていて、
現地では「椅子の数が倍以上に増えてる!」とか
「VTRはスローモーションで延ばしてる~~w」などと心の中で
つぶやいていたんだけど、山川氏の参加については知らなかったので
これはサプライズでした。

企画内容が事前に公開されなかった理由は、

 「”企画目当て”の関係ない人が来るのは出来るだけ避けたい」

という思いが葉山氏にあったためです。

追悼演奏については私は懐疑的でした。(今まで黙ってましたが)
やるのは別にいいと思うけど、一歩間違えたら
ただの「葉山リサイタル」になってしまう。
それはちょっと違うんじゃね・・・?

だから、上で書いた「混乱だけは避けたい」という考えとも相まって、
「追悼演奏の話があります」という書き込みがフライングで出てきたときは
「ふざけんな」と思ってました。マジでね。

でも、上記の演出によって、その不安は払拭されました。
あの場の主役は、間違いなく故人MINAMIになったので。
「その場に居るような気がした」とは思わなかったけど、



   『このマイクの前に居るはずだった人は、

   もうこの世には居ない!』



聴くのがツライ。
でも聴かなければならない。
最後まで見届けなければならない。

この時私がどういう表情、姿で居たかは、お察しください。
あ、変な事はしてないので念のため(--)


25分くらいで追悼演奏終了。
ふと時間を確認してみると、15:00過ぎてる!

三々五々解散していく風景を写真に収めた後、速攻で退散。
走って軽井沢駅に向かい、ギリギリで15:23の新幹線に間に合いました。

帰りのガラガラの新幹線で、ビールを買って、1人窓際でたたずむ。


これは、現実なんだなあ。

4月6日にお知らせを受けた後、今日まで、なんだか
夢の中を漂ってる感じだったなあ。

気持ちの整理は、これからつけなきゃね。


5年半前に、「ないから作ってみるか。10人集まってくれたらいいな」
という軽い気持ちで作ったあのコミュニティ。

それが妙な形で注目されるようになり、
あのようなイベントの開催・遂行の一助として使われるようになるとは
思いも拠らなかったです。

MINAMIご本人は、生前、結構昔からネットに対して積極的な方だったとの話です。
あのコミュニティがファンと当事者とのパイプ役になったのは、
MINAMIの意思がどこかで働いていたのかも知れません。


こんな長文を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
謹んで、故人のご冥福をお祈りいたします。

合掌。
 
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