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生存報告を兼ねて

生きてます。このサイトも何もしないのに半年ごとにレンタル鯖屋さんに6480円、2年ごとにレジストラに21ドル払って維持してますw

さて、遅くなりましたが触れておきます。
このblogカテゴリの対象人物だったので。

元日本代表FW坂田が引退決断 J2福岡退団し移籍模索も…条件まとまらず
アビスパ福岡が元日本代表FW坂田大輔の引退セレモニーを実施 中村俊輔らかつてのチームメイトからメッセージも(ドメサカブログ)

いつかは来るこういうニュース。
あの柏戦で見せたキラキラ感に魅せられて彼を追いかけるようになり、
活躍と怪我と不調のループを2010年まで繰り返し、マリノスを首になった後はネットで一生懸命アリスサロニカ(当時のギリシャのクラブ)の試合の視聴方法を調べ、、カクカクの動画でヨーロッパリーグを見ていたのは良い思い出。

今はただ、お疲れさまとだけ。

いや、このフレーズがあったか。


「サンキュー坂田!」
 
| 坂田大輔 | comments (0) |  

7年



あれから7年かー。
もうそんなに経つんだなあ。

「処方された薬の服用ミス」で、永遠に年を取らなくなることに成功してから。

久々にこの人の曲聞いて寝ます。
 
| entertainment::MINAMI(D-LOOP) | comments (0) |  

【追記あり】キュレーションサイトの運営会社・出資者(の一部)一覧

興味があったので作ってみました。
結構骨が折れる作業で、30社作ってもういいや、となったので、この会社も載せてほしいという方はお知らせください。

続き▽
 
| society | comments (0) |  

キュレーション問題について(DeNA/WELQ他) - 永江一石氏の講演雑感 -

※注:前置きがかなり長いので、講演の感想だけ見たいという方はこちらをクリック

久々に書くネタが出来たので。

「Yahoo登録サイト」という単語、ご存知ですか?


昔のYahooは、サイトを作っただけでは存在が認知されず、サイト作成者から登録申請され、審査を通ったサイトだけがYahooに登録されるという仕組みになってました。

審査の敷居は意外と高く、単にトップページと適当なオリジナル記事を数本作ったくらいではYahooに登録されません。
それなりの質と量がないと審査に通りませんでした。

検索エンジンがYahoo一強だったWeb1.0時代、Yahooへの登録有無でサイト訪問者の桁が変わっていました。
また、当時からgoo(Googleとは別の、NTTレゾナント社の検索エンジン)などのロボット型検索エンジンもそれなりにWeb界隈では認識されてましたが、サイトの質に関係なく拾っていたため、「人の審査が入っている」Yahooの検索結果と比べると、どうしても検索結果のジャンク感はぬぐえませんでした。

逆に、Yahooに登録されることが、個人サイト制作者にとっては「ステータス」になっていました。
トップページで「当ホームページはYahooに登録されました」というフレーズを何十回と見た覚えがあります。

私が昔やってたサイトも、2か所Yahoo登録されてました。
個人HP本体と、そこから独立した某歌手ファンサイトの2つです。

当時のサイトは、情報提供やレビューを中心とした「情報系サイト」とBBS、Chatなどを通じたオンラインコミュニケーションを中心とした「コミュニティ系サイト」の2つに大きく分かれてました。
情報系サイトは、今でいうと「キュレーションサイト」に近いと言えます。
自分がやってたのは前者だったのですが、この手の作成者の人達はサイトの「質」にこだわってた人が多かったように思います。

対象アーティストの公式サイトがまだ十分あるとは言えなかった時代。
情報源は自分で本を買ったり立ち読みしたり、またCDショップの店長の方(当時の私のトラフィック範囲では2名いらっしゃいました)のサイトを訪問して新譜情報の提供をいただいたり(もちろんその度にBBSに一言断りの連絡を入れた)、レコード会社の社員の方がいつの間にかリピーターになっていて、メールやBBSで情報提供いただいたり・・・と、今思うとかなり手の込んだキュレーションスキームが確立されていたように思います。

宇多田ヒカルのデビューシングル発売直前に、東芝EMIの社員の方が「彼女聞いたらSPEEDなんか吹っ飛ぶ」と私の個人HPのBBSに書き込んできて当時の私が激怒したのは今でも覚えていますw
(まあ実際吹っ飛んだので間違いじゃなかったけど)

余談はさておき、それらの情報を提供する際、当時の私は必ず以下2つのことをしていました。

(1)出典元の明記
(2)ただのネタ紹介にとどまらず、「自分の言葉」を添えること

(1)は何の疑いもなく普通にやってました。出典元がどこだか分からない情報は「怪文書」にしかならないし、出典元不明の記事ばかりになるとサイトの信頼性が落ち、ひいては私自身が「信頼できない人」になります。
(2)は個人サイトを始めた動機が「自分の興味のあることについて、自分はこう思っているということを発信したい」というものだったので、単なる二次情報の羅列ではその動機を叶えられなかったからです。一部の人には目の痛いことも平気で書いてたので、2ch邦楽板で「文句ばっかり言ってる」と叩かれたこともありましたが、芸風は確立できてたと思いますw

で、それらの個人サイトにとって、最大のKPIは「アクセスカウンター」でした。ページビューに近いですね。トップページに設置されたカウンターがどれだけ回るかを皆気にしていました。その次が「BBSへの書き込でみ」です。

カウンターが回るということはそれだけ多くの人が来るということであり、その分トラブルに巻き込まれるリスクも上がりますし、実際新聞沙汰レベルの詐欺事件に巻き込まれたこともあります。
しかし、「これだけの人に来てもらっている」という思いが、何よりモチベーションになってました。

しかし、2004年初頭に某歌手ファンサイト側で対象人物に興味を失ってしまう出来事が起きたことをきっかけに、2004年春以降、急速に私の個人サイト活動はシュリンクし、今ではこの跡地ブログが残っているだけになっています。このトップページのカウンタは10万超えてるけど、実は1996年からの累計です。1日平均20ないんですよ。。

また、この頃から、個人サイトの閉鎖が相次ぐようになりました。
「公式サイト」が充実してきたので、個人が趣味でやっている情報系サイトの需要がなくなってきたことと、トラブル等に疲れてサイト維持をやめてしまった人が相次いだこと、またmixiの登場やブログサービスの普及で、維持管理に手間(心理面含む)とコストがかかる「個人サイト」という形以外のWeb発信スキームが確立されたことなどが、個人サイト衰退に繋がったと考えられます。

それとほぼ時を同じくして、Googleがシェアを伸ばしてきました。
YahooはパフォーマンスでGoogleに勝てなかったことなどが原因でシェアを落とし続け、ついに2010年にはYahooはGoogleの検索エンジンアルゴリズムを採用するという「登録制の廃止」に踏み切りました。

検索エンジンの検索結果の品質や、サイトのアクセス数が、Googleのアルゴリズムただ1つに委ねられる時代の到来です。

そして2016年。
WebはSNSと「キュレーションサイト」に占拠されるようになり、ハンコで押したような低品質なキュレーションサイト(まとめサイト)ばかり検索でヒットするようになってました。
夏頃になると、医療系のGoogle検索で、とある会社が運営しているキュレーションサイトの怪しい記事ばかりが検索結果の上に来るようになり、医療業界で問題視されるようになりました。

前置きが長くなりました。
これから本題の「キュレーション騒動」に関する内容です。

12/10に行われた、緊急開催!webメディアにおけるSEOと著作権 ー 各社の対応とこれからのwebメディア(Smips・エンタメと知財分科会 第8回)というイベントに行ってきました。
DeNAキュレーション騒動の火付け役となった、永江一石氏の講演です。

続き▽
 
| society | comments (0) |  

とうとうこの日が来ました

・HIROKO ご報告(島袋さん婚約発表)

いつかこの日が来るとは思ってた

STEADYのPVを初めて見た時の衝撃

AS TIME GOSE BYのヒットに喜んでたあの時

1999/10/5の焦燥

解散後やきもきしたけどユアイノとTreasureで安心させてくれた2000年

次のステップに行くために意を決してCOLDFEETの門を叩いて
ひとまわり違った姿を見せてくれた2002年

2002学園祭ライブで大阪まで行ったのに見せられたやる気のない姿

いまだにアクセスが来る2005年のフライデーネタ

舞台に拠点を移した時の、他の出演者とは明らかにボリュームが少なかった拍手の量

行く度にバックバンドがレベルダウンして寂しかったソロイベント

SNSの闇に遭遇し「苦情受付センター」とぼやいてしまったあの事件

他、もろもろ


昔ほど気に掛けなくはなったけれど、それでも気にし続けてはいて

他の人は事後はともかく全員一度は嫁げた
島袋さんだけが最後に残ってた
「みんな結婚しちゃったー」とぼやいてたのはいつのイベントだったかな


この20年間、温めに温めてきた言葉があります

いつかこの日が来ると思い覚悟はしてた

「どうせウソニチだろ」と思ってたスポニチ単独報道
12時間も経たずにこうなるということだけは予想外だったけど

さて・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・




  『俺 の 青 春 は 

  終 わ っ た
 
  あ あ あ あ あ

  あ あ あ あ あ

  あ あ!!!!』





と、独り語りはさておき、よーやく嫁ぎネタが出てきましたね。
入籍日未定というのが少し引っかかるのだけど。
無事入籍できるのだろうか。

あとマイナス12歳差って!!弟様より年下・・・

今は「おめでとうございます」ですね。


以上、1年ぶりの更新でした(--)
 
| hiro | comments (0) |  

約何ヶ月ぶりだろ

ここ見てる人っているのだろうか・・・

ダイエット後はリバウンドを最小限に抑えています。
一応60kg台前半をキープ中。

さて、今ある活動をしてます。
結果が出るまで内容は書けないけれど
結果が出たらここに全容を書きます。

あ、婚活じゃないです(--
 
| diary/memo | comments (0) |  

2015WWCC雑感

・平昌五輪へ向けたカーリング女子の第一歩 世界選手権で見えた“新生”道銀の可能性(sportsnavi)

デリングと愉快な仲間たち第3弾は6勝5敗と勝ち越しで終えました。
前回書いたとおり、この大会は勝ち越してくれればいいと思っていたので、この結果は十分だったのではないかと。
デリング自身にとっても、世界選手権・五輪通じて初の勝ち越しです。

ただ内容は決して褒められたものではないです。
上下動がいつにも増して酷くて、ダメデリングが中国戦も出てきてショット率49%という下に突き抜けた数値も出してしまったし。
10年ぶりにラウンドロビンでスキップの80%超が居ないという荒れた大会でしたが、荒れるとこの人も荒れるのね。
船山さん不在も大きかったんじゃないかな。ダメデリング発動時に戻してくれる人が居なかったから。

それと、二代目小野寺さんの「勝手にスイープ癖」が結構足を引っ張ってた気が。
あれでlongになったり方向がずれたりしたシーンがかなりあったような。

それでも世界大会の経験が無く、体力の使い方が分かっていないチームにとってはいい経験だったでしょう。
特に吉村さんにとっては、あれだけヘロヘロになりながら最後までスキップをやり切ったデリングの姿を見て、スキップはどうあるべきかを学べたのではないかと。
来年はどこかでサードとフォースを入れ替えて試合に臨むこともあるでしょう。というかないとダメ。

優勝したスイスのAlina PAETZは、スイスの中では3番手グループに居たチームながら代表戦に勝って出場しており、「今回は6位が目標」だったらしいですが、最終的には優勝。
つまり世界選手権勝ち負けクラスのチームが3つ以上あることに。
日本とそこまで競技場の環境は変わらないようだけど何が違うんでしょうね。

日本と強豪国との差は「国内リーグ戦」を始めとした公式戦の多寡かなと思ってます。
去年アドヴィックスカップが新設されたけど、これだけじゃ不十分。
道銀のサポートを始めたカルビー様あたりが冠大会開いてくれればいいんだけど。
去年限りで降りたJリーグのスポンサーやるよりはるかに低コストで視聴率取れるんじゃないかな。観客動員収入は見込めないけどね。

次はおそらく9月辺りのPACCトライアル。
船山さんはまだ復帰できないだろうけど、誰か臨時で入れるのかな?それとも4人のままでしょうか。

おしまい。
 
| デリング | comments (0) |  

船山さんの居ない大会初体験序盤の雑感(カーリング女子世界選手権)

・北海道銀行、強豪に連勝=スウェーデン、スコットランド破る

1年半前に「船山さんが居ないと私のカーリングが成り立たない」とまで言っていたあのお方が何処まで出来るのか?というところに注目して見てる大会。
初戦がスーパーダメデリングだったので「ああやっぱり居ないとダメなのか」と思ってたら、次のスウェーデン戦で好調に戻り、その次のスコット戦はまた不調に戻ったけど最後の最後に強気で行ったら勝ちを拾ったという展開。

つまり、今のところ通常通りだと(--

それにしても物凄い難しいアイスのようで。
あれだけデリングやらかしてるけど、現時点の大会ショット率はカナダのJennifer JONESと同じ(69%)で6位タイだったり。
1投目は多少ミスしてもいいから2投目で決める展開にして欲しいなあ。
あの人、1投目がナイスショットだと失点リスクのほうが上がるしw

個人的には予選リーグで勝ち越してくれれば上出来かなー、と思ってます。
 
| デリング | comments (0) |  

3/8 10:00の記録



62.1kg (前回比:+0.4kg/Total:-26.9kg)

送迎会シーズンに入ったこともあり増量傾向。
増えたなと思ったら晩飯を減量期モードに戻して調整してます。
油断するとすぐ63kg超えてしまいますね。

次回の記録発表は3/31です。
62kgをキープできるのか、乞うご期待(--
 
| diary/memo::ダイエット記録 | comments (0) |  

2/22 9:00の記録

2週間ぶりのエントリです。



61.7kg (前回比:-0.5kg/Total:-27.3kg)

金土日と旅行に行って63kg台まで増えてたのだけど、晩飯を減量期モードに戻したらあっさり元通りに。
食事量を減量期モードに戻さずにキープできるようになればもっといいんだけど・・・。

3月末までは様子を見ます。いや4月以降も様子見は続けるんだけど。
 
| diary/memo::ダイエット記録 | comments (0) |  

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